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次亜塩素酸水はコロナに有効、ただしモノの消毒!
こんにちは 東大×元駐在員×うつ病 じんじょ です。
この記事は研究者目線で、情報の正確性には最善を尽くして書いています。ただ、わたしは専門家ではありませんので、もしかすると一部情報に誤りがあるかもしれません。お気づきの方は、Twitter等でご指摘いただけると大変ありがたく思います。
コロナの影響で、街中のお店の店頭で消毒用のスプレーボトルを見かけるようになりました。
手に吹きかけて両手で揉みこんでみても、なかなか乾かずに少しキシキシする感じ。「あれ?アルコールじゃないのかな?」と思ってボトルを見ると “次亜塩素酸水” と表示されています。一時期ニュースでも話題になりましたね。
ネットで調べてみると、「次亜塩素酸水」の有効性や安全性に関する情報は依然として錯綜しているようです。この記事では、公的機関の報告や研究論文をざっとレビューして、わたしなりに情報を整理してみました。
2020年10月現在、コロナウイルスの消毒方法に関する政府最新の見解は、2020年6月26日公表の厚生労働省、経済産業省、消費者庁合同レポートとしてまとめられています。[1]
この中から次亜塩素酸水に関する政府の見解を抜粋すると以下のようになります。
「モノ表面」に付着したコロナウイルスを無害化できることを確認(公的評価機関)。
一方で、「手指消毒」としての有効性は公的には未検証
手指への使用について公的には未検証
つまり、店頭に置かれている次亜塩素酸水での「手指消毒」は、公的には推奨されていません(最終更新日:2020年6月26日の厚労省HPより)[2]。
次亜塩素酸水の高いウイルス不活化力を考えると一定レベルの効果は期待でき、状況証拠的に人体への有害性は決して高くはなさそうですが、上記のことを念頭において手指消毒に使う場合は自己責任で行うようにしてください。
次亜塩素酸は長年使われてきたウイルス除染剤
以下、丁寧に説明をしていきます。
まず、「モノの消毒」と「手指の消毒」は別モノであることを覚えておいてください。
そして、前者の消毒方法、つまりドアノブや手すりなどに付着したウイルスや病原性微生物を
- 取り去ること
- 無害化すること
は、合わせて「ウイルス除染」と呼ばれ、以下の2つが長年にわたり使われてきました。[3]
❶ 高濃度エタノール
❷ 次亜塩素酸ナトリウム
コロナを含むエンベロープウイルスという種類のウイルスは、以下の3つから構成されています。
- 遺伝子(核酸)
- カプシド(遺伝子を守るタンパク質の殻)
- エンベロープ(カプシドを覆う脂質二重膜の殻)
これらのうち、❶高濃度エタノールは、エンベロープの破壊や、エンベロープに浮かぶ膜タンパク質の変性によりウイルスを不活性化すると言われています。
一方、❷次亜塩素酸ナトリウムは、タンパク質の酸化、塩素化による変性、核酸の損傷などが複合的にかかわっているとされています。そして、これらの作用は次亜塩素酸ナトリウムではなく、同じ溶液中に存在する非乖離型の次亜塩素酸によってもたらされます。[3]
この次亜塩素酸の水溶液が「次亜塩素酸水」の正体です。
(より正確には、「次亜塩素酸水」は特定の製法で作られた次亜塩素酸水溶液の食品衛生法上の名称のようです)[4]
つまり、次亜塩素酸水がコロナに効くであろうことは科学的に十分予見できたわけですね。
そして実際に、北大や帯広畜産大学のプレスリリースに続く形で[5, 6]、NITE(独立行政法人 製品評価技術基盤機構)という公的な評価機関によって、次亜塩素酸水のコロナウイルスに対する有効性が実証されました(2020年6月26日公表)。[7]
ただし、上述した通り手指消毒への使用は公的には推奨されていません。あくまでモノ表面に付着したウイルスの除染が目的です。
モノ | 手指 | 薬機法上の整理 | |
アルコール消毒 | 〇 | 〇 | 医薬品・医薬部外品 (モノへの適用は「雑品」) |
次亜塩素酸水 (一定の条件を 満たすもの) | 〇 | ━ (未評価) | 「雑品」 (一部、医薬品) |
(厚生労働省・経済産業省・消費者庁特設ページ)より作製
日本の法規制の矛盾:コロナに効果があっても製品ラベルに表示ができない
これには、日本の法規制がからんできます。
そもそも手指へ使用する消毒剤は、「薬機法(旧薬事法)」の規制対象となります。つまり、手指の消毒に使っていいですよ!という商品は「医薬品または医薬部外品」として国に認められている必要があるわけです。
一方で、次亜塩素酸は薬機法で「医薬品または医薬部外品」の有効成分として登録されていません。そのため、次亜塩素酸水を「手指用の消毒剤」として販売することはできないのです。
「医薬品・医薬部外品」として販売することができない次亜塩素酸水は、あくまで「雑品」というカテゴリーになります。そして「雑品」である限り、「消毒」や「コロナウイルス対策」などのワードを使った効果の説明をラベルに表示できません。
ここで一つの矛盾が生じています。あれ?少なくとも「モノ表面に付着したコロナウイルス」には効果があると公的に認められたのでは?と気づいたあなたはとても鋭いです。
ご指摘のとおり、次亜塩素酸水は手すりやドアノブなどに付着したウイルスを無害化する効果が公に認められています。にもかかわらず、「雑品」というカテゴリーに該当してしまうがために、「コロナに対して有効です」とその効果を説明することが許されていないのです。(2020年10月現在)
「雑品」に分類される次亜塩素酸水の表示ラベルに使える用語は、「(物理的な意味を含む)除去」などに限られます。
このように、抗ウイルス製品は「医薬品・医薬部外品」として登録がされていない限り、「抗ウイルス効果」を訴求することができない「雑品」のカテゴリーとなってしまいます。
この点について、政府も制度上の不備を認識しているのだと思います。実際に厚労省のサイトには、「医薬品や医薬部外品」以外のものでも「細菌やウイルスを無毒化できる製品もあります」と書かれています。[2]
こうした法規制の不備は、日本が島国であるがゆえに、現行の体制となって以降感染症が社会的に大きな問題となってこなかったことと関係しているのでしょう。
実は、アメリカには日本でいうところの「医薬品・医薬部外品」と「雑品」の中間に位置する「環境中のウイルス除染」カテゴリーが存在します。FDA管轄の「医薬品」とは別途、環境保護庁EPA管轄の製品群として管理がされているようです。そして、その中には「次亜塩素酸水」も含まれています。[8]
次亜塩素酸水製品を選ぶときの注意点
このように複雑に規制が絡み合う中で、消費者が誤った情報に惑わされないよう、政府は次亜塩素酸水の販売業者向けに正しい製品ラベルの記載を促しています。厚労省のサイトにある以下の資料は、望ましい方法で記載した架空の製品ラベル案です。[9]
上述のとおり、「コロナに有効」という文言は一切ありません(一方で3行目にある「除菌」という言葉は「雑品」にも使用が許されているワードです)。にもかかわらず「コロナ対策としての利用が推奨されている」という非常にややこしい状況です。メディアやわれわれ一般消費者が混乱するのも無理ありません。
資料の中では数ページにわたり、販売業者向けの注意喚起がされているのですが、その中からわれわれが次亜塩素酸水を購入する際に注意をしたほうが良いと思うポイントを抜粋しました。以下のような点に注意して信頼のおける製品を購入するようにしてください。
また、次亜塩素酸水の具体的な使用方法は、厚生労働省・経済産業省・消費者庁の合同特設ページに記載されています。販売業者が説明をすることができない分、丁寧に説明されているようです。[10]
ここで設定されている80ppmという濃度は、前述したNITE(公的な評価機関)での実証実験の結果が反映されています。[7]
「汚れをあらかじめ落としておく」の意味は、有機物の存在下では次亜塩素酸水のウイルス不活性化効果が弱まってしまうためです(ウイルスを攻撃する前に有機物と先に反応してしまう)。
この点を考慮すると、手指上でのウイルス不活性化はモノ表面での効果と比べて弱まってしまうことが想定できます。
実際、帯広畜産大学はプレスリリースで「指の消毒の際には、次亜塩素酸水を用いた複数回の拭き取りや洗浄を実施する、などの対策が望ましい」と記載しています。[6]一方で、北大の玉城英彦名誉教授は「次亜塩素酸水は手洗いにも推奨できる資材」と明言されており、推奨派と慎重派の意見が入り乱れています。[5]
結局のところ手指消毒の有効性はいまだにはっきりした結論が出ていないというのが実情のようです(将来有効性が確認されたとしても、現行の法規制では手指に使う製品として販売することができませんが)。
また、次亜塩素酸水は不安定な化合物であり、あまり長持ちするモノではありません。
帯広畜産大の検証では、「17日後」には抗ウイルス効果が大きく落ち込んでしまったという結果も出ており、製造年月日を確認のうえ早めに使い切るよう心がけていただくほうがよいでしょう。[6]ネットで調べると、実際多くのメーカーが冷暗所での保管を推奨しています。
少し話がややこしくなってしまいましたが、ここまでをまとめると以下のようになります。
☑ 次亜塩素酸水はウイルスが付着した「モノの消毒」に有効
☑ ただし、雑品のため製品ラベルに「対コロナ効果」を表示できない
☑ 薬機法への登録がない次亜塩素酸水は「手指への消毒用」として推奨できない
☑ 手指上での「ウイルス不活化効果」は弱まっている可能性
☑ 手指への使用時の安全性は公的には「未検証」、使うときは「自己責任」で
☑ 「保存性が悪い」ので製造年月日を確認して早めに使い切る
結局、次亜塩素酸水って危ないものなの?
自己責任とはいうけれど、「じゃあ結局のところ次亜塩素酸水は危ないものなの?」というと必ずしもそういうわけではありません。むしろ以下のような状況証拠的に、危険性は決して高くないようです。
- 自由診療の範囲内ですが(つまり医師の自己判断で)、歯科治療では口腔内の洗浄を目的として一部の医院で次亜塩素酸水が用いられています(濃度の違いは未検証です)。
- Youtuberの友利新医師は、自分の判断で次亜塩素酸水の効果と安全性を信じて子どもにも使っているとおっしゃっています(ただし、動画の中で友利医師は、アメリカでは次亜塩素酸水がEPA認可の手指用消毒剤として認められているかのように話されていますが、上述の通りアメリカで認められているのはあくまで「モノ表面のウイルス除染」であり、少しミスリードな感じがあります)。[11]
- 次亜塩素酸ナトリウムとは異なり、「pH5-6.5弱酸性次亜塩素酸水溶液はヒトの皮膚や粘膜を刺激することなく低濃度で高い殺菌効果を得る」ことが知られています。[12]
- 次亜塩素酸水の研究をされている福崎教授のインタビュー記事を読んだのですが、きちんと安全性にも配慮されている様子がうかがえます。[4]
- 政府の見解も、経済産業省のレポートを時系列でたどると、当初に比べて安全性に注意を促すトーンが弱まっているように思います。空間中への噴霧は厳禁!とされていますが、最新のレポートでは「スプレーを手元に吹きかける動作」は厳禁事項から除外されました。[9]
- 厚労省の資料の中で、次亜塩素酸ナトリウムと比較して、次亜塩素酸水は手荒れが少なく、環境負荷が小さいと書かれています。[13]
このように、手指への使用について安全性が公的に保証されているわけではないものの、政府は有害であると結論を下しているわけでもありません。そして、歯科医院での使用実績等を考えても、「決して危ないものではない」というのはおそらく確かなのだろうと思います。
次亜塩素酸水を手指の消毒にも使いたいという方は、ミストの吸引に気を付けながら、あくまで自己責任でご利用ください。
注意:次亜塩素酸水と次亜塩素酸ナトリウムを混同しない!
さて、次亜塩素酸水を語るうえで、もう一つ注意すべきことがあります。次亜塩素酸ナトリウムとの混同です。
冒頭で、次亜塩素酸ナトリウムが環境中のウイルス除染用消毒剤として以前から使われてきた話をしましたが、「次亜塩素酸ナトリウム」はわれわれの身近なところでもキッチンハイターやブリーチなどの塩素系漂白剤として使われています。
ちなみにワイドハイターなどの洗濯用漂白剤は酸素系漂白剤であり、その成分はまったくの別モノです。
次亜塩素酸水は、保存性が悪いという話をしました。これは次亜塩素酸が強力な酸化剤であることに由来します。反応性が高いからこそ、ウイルス表面や内部の構成物を攻撃し無害化することができます。また反応性が高いからこそ、そのままの状態では安定ではいられずにあまり長持ちしないのです。
そのため、市販されている「次亜塩素酸ナトリウム」は、溶液をアルカリ性にして次亜塩素酸を次亜塩素酸イオンの状態に解離させることで安定性を高めています。また濃度も次亜塩素酸水に比べて非常に高濃度に設定されているのです。
つまり、次亜塩素酸ナトリウムと次亜塩素酸水は以下の2点が大きく異なります。[14]
❶ pH(酸性度)
❷ 濃度
比較的安全なものである次亜塩素酸水に対し、次亜塩素酸ナトリウムは人体に有害です。これは、次亜塩素酸ナトリウム(ハイター)がアルカリ性であることと、高濃度であることに由来します。
酸性とアルカリ性の性質を理科の授業で習ったことを覚えていますでしょうか?アルカリ性の性質の一つとして、「触るとヌルヌルする」というものがあります。これは皮脂がアルカリ性条件下で分解し石けん化することによると考えられています。一般の方向けに皮膚が溶けてしまっていると説明をする人もいます(皮膚表層の成分が壊されているという意味ではあながち的外れでもなさそうです)。[15]
次亜塩素酸ナトリウム(ハイター)を薄めて消毒剤として使う方法が厚労省のサイトに書かれていますが、次亜塩素酸水と同程度まで薄めた状態であってもpHは10前後とアルカリ性に偏っています。[3]
つまり、薄めた状態でもアルカリ性溶液のままであるという点でハイターの取り扱いには注意が必要で、次亜塩素酸水とは「完全に別モノ」であると考えていただいたほうが良いと思います。
また次亜塩素酸ナトリウムと酸性溶液(例:お酢、レモン汁)を混ぜ合わせると有害な塩素を発生します(低濃度ではありますが次亜塩素酸「水」も同様に塩素が発生するリスクがあります)。
次亜塩素酸ナトリウムは取り扱いに十分注意が必要なものですので、消毒剤として利用する際には十分注意をするようにしてください。
スプレーでの使用は厳禁です。絶対にやらないようにしてください。腐食や変色の原因にもなりますので、消毒した後はしっかりとふき取るようにしてください。[16]
長々と説明をしてしまいましたが、最後にまとめると以下のようになります。
❶ 次亜塩素酸水は「モノの消毒」として有効
❷ 危険性は高くはなさそうだが「手指の消毒」は推奨されていないので使用は自己責任で
❸ 次亜塩素酸ナトリウムとの混同には十分注意する
なお情報は2020年10月時点のものですので、最新の情報は追ってフォローするようにしてください。
最後まで読んでいただきありがとうございました!