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海外駐在の光と闇(光編:駐在員生活を通して得た異文化理解と自信)

じんじょ
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こんにちは じんじょ(@jinjolifeshift) です。

今回は、海外駐在について。

うつ病発症の「きっかけ」となってしまった駐在員生活ですが、不思議と後悔はありません。

ツライこともたくさんありましたが、得るものも非常に多かった海外駐在について、振り返ります。

目次

残された宿題「海外駐在を振り返ってどうだった?」

来年から〇〇国に駐在してください

上司に呼び出され、突然に告げられた海外赴任の辞令。

「そうですか…」

正直、不安でいっぱいでした。

以前の記事にも書いたとおり、わたしは海外駐在を希望していたわけではありません。

「行けと言われれば行くけれど、積極的に行きたいかと言われると “NO”」

今振り返ると、こうした当時の心境が、わたしのそれまでの生き方を物語っていたように思います。

一言で表すと「受け身一辺倒」

自ら進んで、「何かを選ぶために、別の何かを諦めた」ことは、思いつく限りありません。

「一生この仕事を続けていく生き方でいいのかな?」

という漠然とした不安を感じつつも、特に行動を起こすわけでもなく、キャリアについて真剣に考えたこともありませんでした。

そんな消極的なわたしに会社が用意してくれた、チャンスでもあり、ピンチでもあった海外駐在員という経験。

この駐在員生活を通してわたしは、

  • 今の延長線上に、私にとって理想の人生はないこと
  • 自ら選択し、行動を起こしていく必要があること

を学ぶこととなります。

結果として、駐在に行く「前」と「後」では、大きくモノの見方や考え方が変わり、わたしにとってかけがえのない経験を得ることができました。

そんな駐在員生活を振り返ると、帰任直前、懇意にしていた現地の方にかけられた言葉が思い出されます。

「駐在員生活を振り返ってどうだった?」

拙い英語力の問題もあり、そのときは返答に窮してしまいました。当時は、日本に帰れることに頭がいっぱいの状態で、そうした問いを自分に投げかける余裕もありませんでした。

じんじょ
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改めて、わたしにとって駐在員生活は「どうだった」のだろう?

この記事では「海外駐在員の光と闇」と題して、このときいただいた “宿題” に答えていきたいと思います。

海外駐在の「光」

駐在員生活で、わたしは何を学んだのだろう?何が得られたのだろう?

まずは海外駐在の「光」の部分について、今一度、落ち着いて考えてみました。

赴任先の国柄や、立場によって人それぞれだとは思いますが、わたしの場合、以下の3つをあげさせていただきます。

  1. 肌で感じる「異文化理解」
  2. 職位が一つ「高い立場」から見る景色
  3. 日本ではできない経験を通して得た「自信」

以下、順番に説明していきます。

① 肌で感じる「異文化理解」

それまでも、旅行や仕事で海外に行く機会はありましたが、本当の意味で、

「文化が違うとはどういうことなのか?」

を理解できたのは、駐在員生活のおかげだと思っています。

わたしは実際に現地に住んでみて、良い意味でも悪い意味でも、「いい加減で明るく楽天的」な国民性を感じました。

まずはじめに、スーパーの食材選びには、細心の注意が必要です。

果物を買ってきて開けてみると、中身が腐っていることもしばしば。こういうときは、いつでもどこでも安心安全な食材が手に入る「日本の良さ」を痛感します。

水も、水道水を飲むことはできません。我が家では浄水器を導入していましたが、水がチョロチョロとしか出ないので不便極まりない(笑)。

じんじょ
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日本人の考える当たり前は、決して「当たり前」ではないのですね。

こうしたことは、店先に無造作に積み上げられた、商品が梱包されているダンボールからも感じ取ることができます。いい加減な積み方がゆえに、ダンボールの山が崩れてしまった現場を目撃したことも。

日本では、外箱が傷ついてしまったら店頭に並べることはできないでしょう。

一方で、こうも感じます。

「外箱が傷ついたくらいで、ガーガー文句を言うのは日本人くらいなのかも」

キッチリし過ぎていることの功罪です。

時間にも、とにかくルーズ。

あるとき、現地の友人が市場を案内してくれるということで、お出かけをすることになりました。

されど、待ち合わせ時間になってもいっこうに現れる気配がありません。連絡をしてみると、まだ家にいるとのこと。

ようやく姿を見せたのは、それからなんと3時間後!

普通であれば怒りたくなるところですが、悪びれる様子もなくあっけらかんとした表情に、「自分の感覚がおかしいのかもしれない…」とつい考えてしまいました。

ただし、現地の別の友人にこの話をしたら、「さすがに3時間遅刻はありえない!」とのことです(笑)。

一方、わたし自身ぜひ見習うべきと感じたことがあります。

それは、街行く人がすれ違いざまに「笑顔」を返してくれること。

街全体からもどことなく、明るく陽気な雰囲気が漂っているのですね。南国ならではなのかもしれません。

そんな現地の生活に慣れて久しぶりに日本へ出張で帰ってくると、山手線内の沈鬱な雰囲気が少し異様に感じられます。

「なぜ日本人は皆、こんなに下ばかりを向いているのだろう?どうしてこうも表情が暗いのだろう?」

こうした「日本との違い」は、現地に実際に住んでみて、現地の人と直に触れ合ってみてこそ、初めて体感することができたのだろうと思います。

じんじょ
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わたしは日本が大好きですが、自国のことを「相対化して見る」視点が得られたことは、今後の人生においても大きな財産です。

② 職位が一つ「高い立場」から見る景色

会社や人によって違うところだとは思うのですが、駐在される方は日本にいたときよりも一つ上の職位で赴任することが多いように思います。

課長さんであった人が部長さんとして。
プレイヤーだった人がマネージャーとして。

わたしも現地で、「なんちゃって管理職」を経験させていただきました。初めての管理職、しかも部下は海外メンバー。正直一筋縄ではいかない毎日でした。

部下とは衝突をしてばかりでした。

じんじょ
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「仕事が辛い、辞めたい」と暗に匂わせられ、とても落ち込んだこともありました。

自分としては一生懸命に向き合ってきたつもりだっただけに、相当応えました。ただ、黙っていつの間にか転職されてしまうよりは、何倍も良かったと思います。

どのようにしてメンバーをモチベートしていけばよいのか、真剣に悩みました。

正直、管理職と呼ぶには心もとない立場でしたが、それでも、普段マネージャーの方々がされている「気苦労」の一端を体感することができ、とても良い経験になりました。

日本ではなかなかお話をする機会がない人たちと、キョリが近いことも駐在員の大きな特権です。

定年間近の日本で言う部長職の方々と、毎日のようにお昼をともにして、週末はゴルフに興じ、友人のような距離感でお付き合いをさせていただきました(ただし、後述するようにこの点は、「海外駐在の闇」にも通じる部分があります)。

また、海外の支社には、会社全体のいろいろな部署から人が派遣されてきます。

マーケティング、経理、人事、営業、生産技術、などなど、研究開発職であるわたしにはこれまで接点のなかった方々ばかりです。

「いやぁ、予算が厳しくて…」という営業職の方の話を聞きながら、わたしのお給料も、彼らが汗水を垂らして稼いできてくれた中から賄われているのだなぁ、と実感することができました。

また、日本から出張で経営層の方が来られたときには、フランクな会食に同席をさせていただきます。わたしのような年時と職位では、日本では接点は持ち得ない人たちです。

海外支社というのはある意味で、日本本社の「縮図」のようなものなのだろうと思います。

これまでは自分の部署とその一つ先までしか見えていなかった景色が、会社というものをより俯瞰的に捉えられるようになった気がします。

③ 日本ではできない経験を通して得た「自信」

一つ目の「異文化を肌で感じる」にも通じる内容ですが、海外生活を通して、日本ではできない多くの経験や体験をすることができました。これらは間違いなく、自身の価値観や視野を大きく広げてくれたと思います。

贅沢なところで言うと、

  • ドライバーさんに運転してもらっての車通勤
  • プールとジム併設、毎日ベッドメイキングをしてくれるホテル住まい

などは、日本ではなかなかできない経験です。

こちらはフリー画像ですが、自宅のホテルにもこんな感じのプールが付いていました。わたしは2-3度だけしか利用しませんでしたが(笑)。

お休みを利用して、国内、海外ともに妻とたくさん旅行に出かけました。

出不精なので日本にいたら行かなかっただろうな、という国にも行くことができました。

現地で妻と作った「たくさんの思い出」は、我が家にとって忘れられない日々となりました。

英語でのコミュニケーションにも自信がつきました。

日本で英語を「使う」のと、海外で英語を「使わざるを得ない」のでは、やはり雲泥の差があるように感じます。

まだまだ心もとないレベルではありますが、自分の得意な領域であれば、社外の人と英語で議論や交渉ができるまでになりました。

不安いっぱいで始まった駐在員生活でしたが、こうした語学の面も含めて、なんだかんだそれなりに「なんとかなる」という自信が付きました。

改めて、人間の適応力というものは大したものだなと感じています。


以上が「海外駐在員の光」に関するお話です。

続いて後編では、「闇」の部分について書かせていただきます。

(続く)

じんじょ
じんじょ

最後までお読みいただきありがとうございました!

「駐在員生活はどうだった?」という宿題に答えるべく、今回の記事では、「海外駐在の光」の部分について、書かせていただきました。

引き続き、後編もご覧いただけると大変嬉しく思います。

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引き続き「海外駐在の光と闇(闇編①)」はコチラ:

海外駐在の光と闇(闇編①:狭いコミュニティ内の「同調圧力」)

2 COMMENTS

くー

帰国後に鬱、に目が止まり読ませていただきました。
私はインドで1年半の駐在妻を経験し、帰国後おそらくあの状態は鬱だったのかと思います。(病院には行かず自力で這いあがりました)
私の場合、逆カルチャーショックと引越し疲れが大元だったと思います。
何にもおおらかなインドから帰国したら、日本が無機質で窮屈に感じてしまいました。疲れも知らず知らず慢性化していたようで、そこに他の事と、次の転勤話(帰国後半年で!)が重なり、自分の中で整理ができないまま離婚してしまいました。
ただ一旦休憩する時間が欲しい、そう気付ければよかったのですが、当時は言語化できませんでした。(それでさらに鬱に…)

駐在員の方は休みもままならない大変さがありますよね。

鬱になる人が悪いのではないと思います。
知っていれば一歩手前で気付ける、ただそれだけだと思うのです。
海外転勤にまつわるメンタルサポートや配慮がもっと充実することを切に願っています。

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じんじょ

くーさま、ご覧&コメントいただきありがとうございます。とてもお辛い経験をされたのですね…。日本の景色が無機質に感じられる感覚、とてもよくわかります。一見きらびやかな駐在員生活も、良い事ばかりではありません。私も、海外転勤含め、メンタルヘルスへの配慮やサポートが一層充実することを願っています

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